12/9、代官山の晴れたら空に豆まいてにて行われた、
波多野裕文さんのワンマン公演「灯台」を観に行きました。
今年1月に開催されたワンマン、「身体の木 / 記憶の森」と同じ会場での開催。
しかし設けられた客席は当時の半分弱(50席程度?)。
席を詰めて観た思い出を懐古しようにも、
あまりにも世が変わりすぎてしまったためにうまくイメージできず……。
楽しみにしていた演奏を観る期待感、それだけに因るとは思えない胸騒ぎを抱えながら、
静かに開演を待つ人々の気配がありました。
※以降、公演のネタバレがございます。
12/16の23:55まで、当公演が有料配信されています。
関心の高い方は、そちらを観てから当記事を読まれることをお勧めいたします。
波多野裕文ワンマンライブ『灯台』終了。代官山晴れ豆にて。所感などはまた改めて書きたいと思いますが、なんとも自分らしいコンセプチュアルな演奏になりました。お聴きいただきありがとうございます。
— 波多野裕文 (@Hatano_Hirofumi) December 10, 2020
16日までアーカイブ視聴、発売中です。https://t.co/NlLjdATQL7 pic.twitter.com/mnJgrgTbpd
以下がセットリストおよび使用機材となります。
曲名はご本人のブログ記事より。
アンコールはすべてカヴァー曲。
1. 雨の降る庭 2. 青空を許す 3. 継承されるありふれたトラの水浴び 4. ある会員 5. 猛獣大通り 6. 裏切りの人類史 7. 灯台(旧: ぼくが欲しいもの) 8. 旅行へ 9. ハリウッドサイン 10. 同じ夢をみる 11. 初心者のために 12. 2006年東京、上空 13. 楽園(旧: 色彩と帝国) 14. 無題 15. 水のよう en1. I Was Doing All Right en2. God Only Knows(The Beach Boys) en3. Nutshell(Alice in Chains) en4. The Woman's Work(Kate Bush)
A.Gt.(Martin 000-28?PITB Acoustic 2020のときと同じモデルだと思われます: エレアコ仕様)
→ 使用シーンは4-10・12-14・アンコール
(8-9と14ではエフェクターにElectro-Harmonix OCEANS 11を使用)
Grand Pf.(YAMAHA C5: 晴れ豆の備え付け)
→ 使用シーンは1-3・11・15
開演後ピアノの椅子に腰掛けた波多野さんは、早速この「灯台」公演のコンセプトを語り始めました。
公演名にも据えられた"灯台"を中心にセットリストを組んだところ、
既に完成された曲によって構成されているにもかかわらず、
そこには少しずつ推移していくある物語--主体となる人物の「内的な旅」--が見出せた。
公演のひとつの解釈としてそのコンセプトが提示されていれば、
きっと観る人々にとっても面白いのではないかと。
この「コンセプト」の概念については、アンコール時にさらなる補足が充てられていたのですが、
お題が先行して構築されるのではなく(その場合に与えられるものは「テーマ」)、
構築したところから自然に浮かび上がってくるものを指すようです。
「自分の思考を引き寄せるもの」とも表現されていたような。
そして自分はコンセプトを重視する作り手であるがゆえに、
「自分が何をつくっているのだろう」と考えることが多くある。
ご自身の思考を整理するかのような口ぶりで続けられたこの独白が、
記事を執筆するために公演を振り返っているいまでも、わたしの脳裡を漂っています。
演奏曲のすべてについて触れることは、これから配信をご覧になる方の認識を邪魔しすぎてしまいますため控えまして、個人的なハイライトのみを。
雨の降る庭
冒頭の解説中にもぼろり、ぼろりと鳴らされていた鍵盤がイントロのリフへと推移する。
たったそれだけの変化で、私達の向き合う相手は波多野裕文という個人から、音楽の連なりになる。
あからさまに自覚させる隙もなく。
継承されるありふれたトラの水浴び
鋭利な問いかけの言葉が……または力強い肯定の言葉が、 深さのあるお腹の底からの響きを得て、聴き手を包む。
これまでの波多野さんの歌からは、小さい声をうまく響かせては舞わせる、
それを技巧的に行う器用さへの感嘆を抱くことが多かったのですが。
大きく張る声を効果的に用いる、それもこの曲のように密度のある表現を起こす手段として音量の活用があったことは、
今回の公演で最も顕著に感じられた変化でした。
猛獣大通り
Cメロにあたる箇所にいくつものフレーズが足され、芯の部分がよりくっきりと見て取れました。
いよいよ名曲として実りつつある……。
アウトロでのロングトーンは循環呼吸で鳴らす管楽器を彷彿とさせる、不思議な音色(歌では原理上できない技術なので違うはずですが……)。
これまでは"ぼくが欲しいもの"という名前で呼ばれていた曲。
冒頭でなされたコンセプトの解説は、この公演におけるこの曲の役割を示すばかりではなく、
これまで観ていて気がつかなかった、見えていなかった楽曲構造の妙をほどく手助けにもなり。
……そこまでの想定はされていなかったのかもしれませんが、あらかじめ提示された見取り図によってわたしが得た見晴らしは、なかなかに刺激的でした。
ぐねぐねとした運指で暗雲が立ち上ってゆく。
リズムや音程を自在に慎重に繰って、歌声は飛翔する。
そしてこれらの音が構築する立体的な空間のなかに差し込まれる特徴的なリフが、
目まぐるしく変わる空模様を等価に刺す光線のように立ち位置を示しては、曲世界の散逸を防いでいる。
複雑なつくりでわかりやすいカタルシスも設けられていないのに、どうしてずっと緊張して聴けるのかが謎であったのですが、
セットリストのほぼ真ん中に据えられたことも織り交ぜながら聴いているうちに、
こういうことだったのかな……と腹落ちするものがありました。
公演全体の中でも、この"灯台"を起点とした7-11曲め、
めくるめく視座の転換およびそれによって示された眺めの広さが、大変に印象的なものでした。
旅行へ
ここで初めてONになったエフェクターが、
アルペジオの響きにそれ自身のピッチを変化させた音?をそっと加算し、
幻想に傾かせずにノスタルジックな雰囲気を醸成する。
(このあたり正確にはどうやってらしてたのかご本人にお伺いしたかったのですが、
ご時世柄もあってか終演後物販もなかったため……認識が違っていたら申し訳ないです)
その仄かさのなか、いくらか幼なげに整えられた言葉が、乾き落ち着いた声色で置かれてゆく。
穏やかな調でゆったりと奏でられている曲なのに、なぜだか悲しみを衝かれてしまう。
締めくくりの歌詞には「-e」の音で脚韻が取られ、意図的にリズムが保たれており、
ここだけ視点の転換が起きている(年齢の進んだ主体による回顧?)にもかかわらず、全体から浮かせない。
さらりと歌われたはずの作詞のわざにも魅せられました。
同じ夢をみる
ギターにかかっていたエフェクトが切られたことも無関係ではないでしょうが、
数曲にわたり呈されてきた広い空間が、ひとり分の肉体へ収斂していくかのような演奏でした。
『ぼくは知っている この恍惚がながくは続かないこと』と歌う声のクレッシェンドが、逆説的にひとりを強調するようで……。
初心者のために
序盤ぶりのピアノ演奏。
その序盤ではグランドピアノの豊かな響きに呼応、または拮抗すべく張られる声に注意を惹かれたのですが、
ここでは歌の軽やかさが引き立っておりました。
それでも最後の『かつてぼくらは戦士のようだった』から始まるメロディの繰り返し、
特に4度目のそれがこの曲の決定打であると確信させる強さ。
表現の面からも作詞の面からも、必見であると個人的には思います。
水のよう
鍵盤に降ろす腕も柔らかに、打点と打点の間に満ちる響きを保つよう配慮の行き届いた演奏でした。
『あたまのなかの空洞には 誰もいないのさ』、およびそれに続く肯定の言葉を、後押しするかのように。
本編終了後、送り出す拍手は招き入れる手拍子に変わり。
再び舞台上に現れた波多野さんは配信が切れていることをしっかりと確認し、アンコールの時間を設けてくださりました。
ここぞとばかりにカヴァーに勤しんでいたため、配信に乗せられなかったのはおそらく権利関係が絡んでくるためでしょう(動機と行為の関係性は逆かもわかりませんが)。
本編に重たくかかっていた緊張感を洗い流す、自然体の時間がありました。
晴れ豆と外界を結ぶ階段を上がる足取りがずいぶんと軽くなったのは、きっとこれのおかげだったのでしょう。
生演奏を観る機会が減ったことも関係しているのでしょうが。
演奏者にも観客にも身体がある、本来的にはこの前提で成り立つアクティビティがライヴであると、
強く意識させられた公演でした。
放たれる直前の声へとどめを刺せるのは表情筋に他ならないと気づかせてきた、"ある会員"。
"楽園"のサビ、ギュッと強張った上半身から、小刻みな力として繰り返し放たれた『黒く』もしくは『clock』。
集中を張ったままの脱力で歌われた"無題"は、言葉を脱穀し、その中身のみを顕現させた。
あらゆる筋肉を伸縮して、生まれた振動たち。
それらが音となって体表面を震わせては、音楽として知覚され心にまで到達する。
そして公演全体でメリハリを充てられながら連続して行われた、このアクション自体が、
振り返ってみれば音楽とよく似ている。
そして、この美しさへの没入を高い技術力によって実現させてくれた場所、
晴れ豆への感謝もいまだふつふつと湧き起こっています。
配信の音声や映像も素晴らしかった……しかしながら、
できることならばまた、この空間へ還っていきたいと、贅沢にも望んでしまいます。
(2020/12/11 20:26追記)
未発表曲群のうち、1月のワンマンでは披露されず曲名が明らかになっていなかったものを以下にメモしておきます。
配信が終わってから音源がリリースされるまでの間とはいえ、失われてしまう情報であるはずなので……
波多野さんのMCによるとソロ2ndアルバムはまだ先になるとのことですので……(しぶとく待ってます……)
"裏切りの人類史"
歌い出しが『8つの卵のうち 4つはただ壊れた』
"旅行へ"
歌い出しが『ぼくは旅行へ出かけた』
"2006年東京、上空"
歌い出しが『上空 きみはスプーンに(?)寝そべって』
"無題"
サビが『贈り物』