11/20 - 11/26の読書感想文

経緯

スクールのカリキュラムを終え就職先が決定したこと、またそれに伴う諸々について、

たくさんの方々からお褒めの言葉をいただいていたものの、

元来の卑屈さからあんなのでこんなのですみませんすみませんみたいなことばかり宣っていたら、

見かねた馴染みのスタッフさんが、自信を持つようにというお達しに添え、本を勧めてくださりました。

感謝の意を示しまくっていた流れで、

f:id:osouonna:20181203205533p:plain:w300

まんまと乗せられたので、読書感想文やります。

.

あらかじめおことわりいたしますが、感想文の域を出ないものとなります。


おしながき

反応しない練習 / 草薙龍瞬

虚人たち / 筒井康隆

人間の本性について / Edward Osborne Wilson 訳:岸由二 第1章 ジレンマ


反応しない練習 / 草薙龍瞬

冒頭のスタッフさんからお勧めされたのがこの本。

仏陀の思想、およびそれにまつわる数々のエピソードに基づき、

日々視界を濁らせてくる悩みへの向き合い方を、提言する。

.

人間の考えることや事例を分析→その問題に結びつく思想を提示

という流れが布かれており、仏教の前知識がなくとも捉えやすく書かれている。

そのぶん、内容のひとつひとつに対してこれは理解できる/できない(したくない?)と考えてしまうが……。

.

目に留まった考え方は、承認欲を満たすための「正しい努力」の3条件。

  1. 認められたい気持ちをモチベーションにして、今の仕事・生活を「改善」していく。

  2. どんなときも「自分のモノゴトに集中」する。

  3. 「自分で納得できる」ことを指針(基準)とする。

(P. 147-148)

他人からの評価を得たい、という気持ちは承認欲からくるもの。

しかし承認するか否かはその他人が決めることであり、自分がいくら頭を搾ったところで、それは妄想の域を出ない。

本書では、「妄想」は「妄想である」と認知したうえで取り扱うべきものとしている。

そのためここでも、その妄想を現実に達成することを目的としてはならないと説いている。

しかし、承認欲にはエネルギーがある。それはモチベーションとして活用していくことで有用なものとなる。

あくまでも実際に行うことは、現実を見つめるなかでの「改善」「集中」「納得」にとどめる。

.

効いたように感じるのは、自分の身に思い当たる節があったためか。

この数ヶ月間、半ば一方的にひとをライバル視し、まさに目的として「負けないように」と心に刻んで学習に取り組んでいた。

当時はやることとその目的とがマッチしていたため、結果的にはいいプロダクトを作ることができたのだけれど……。

達成の後であるいま、本当に自分にとって必要な取り組みができているのだろうか?と考えてみると、これが全く自信がない。

.

仕事が始まったらなおのこと、その大きな流れに煽られていくであろう。

気を保っていかないと何が必要なのか、どんどんわからなくなっていってしまうかもしれない。

混乱の生じたとき、何を見つめ何を見ないべきか、そのこと自体を俯瞰する目をもつ、

忘れないでいようと思う。


虚人たち / 筒井康隆

原稿用紙1枚が作中時間の1分、さらに登場人物達は自分が物語の登場人物であるということを把握している、

そのような縛りプレイ前提条件のもと、あくまでも物語を運営していくことを試みる。

その物語も、主人公の妻と娘が全く同じタイミングで、別々の犯人に誘拐されてしまうといういかにもな非常事態。

醒め切った意識によって進行がなされる物語は、いかように転がりどこへ辿り着くのか……。

.

小説の構造に対して要らぬ勝負を仕掛ける、それがやりたかっただけの小説ではあるのかも、

しかし、それをやりながら小説ではないものにまで堕としてしまうことのないように一貫性を保つ、

そのバランス感覚の抜群さに、脱帽してしまう。

.

今作では、メタ的視点をもって作品に触れることが、

読者に対してのみならず、登場人物にも、延いては作者自身にも、徹底的に課されている。

(冒頭数ページの描写で明瞭にその旨が示されている異様さ……。)

読書をしていて連帯責任を負っているような感覚になったこと、少なくとも私の貧弱な経験のうちにはないもので、愉快だった。

ただ、私個人としては筒井作品特有の、どこまでが筒井さんの頭の中で、どこまでが作品から奔出してしまった世界で、と

そのあまりのスピードに攫われ境界がみえなくなってしまうような感覚が大好きなので、少し物足りないと感じた。

作品の性質上仕方のないことだけれど……。

.

ここまでの散漫な所見からも読み取れるかもしれないが、読む人を選ぶ作品。

まず物語自体のオチが猛烈に趣味と後味が悪いものであるため、

物語に感情移入していきたいひとには、むごい読書になってしまうと思われる。

また、筒井さんがやりたいようにやり尽くす小説は大体そんなもんなのでしょうが、

何か人生のためになるような、そんな内容もきっとない。

このひとの掌中でしか体感できないような質感の疲労を味わうことがクセになりつつある、

そんなひとは、どうせそこまで魅了されてしまっているのならさ、

一度は読んでみるべき作品だと思います。

.

著作の1割も浚えていない身分でありながら、それでもそう主張したくなるほどには、

筒井康隆は私の中で崇拝しなければならない作家のひとりとして位置付けられている。

(他には安部公房とかカートヴォネガットとか)

物語も言動もわりと悪趣味なのにどうして惹かれるのだろう?と自分でも不思議に思っていたが、今作でその収束が少し視えた。

小説の構造をからかう、ありとあらゆる手段を尽くして、その巧みな腕でもって、

執拗すぎるほどに執拗であるその様が、私の中にもあまねく存在している執拗さに、共振を引き起こしている。

虚人たち (中公文庫)

虚人たち (中公文庫)


人間の本性について / Edward Osborne Wilson 訳:岸由二

生物学者(主に生態学)である著者がその知見を活かし、

人間の行動に対して洞察し、説明を試みる、全9章からなる学術書

約40年前に論じられた内容ではあるものの、まだまだ鋭角を保っていると思う。

私の前提知識が薄いのと、そもそもなかなかボリューミーな文量なのとで、なかなか読み進まない、1章ずつまとめていきたい……。

.

第1章 ジレンマ

人間はふたつのジレンマを抱えている。

1. 人間を含め、どんな生物も、受け継がれてきた歴史によって形成されてきた規範を超越するような、使命的な目的などといったものを、持ってなどいない

→能力や心を進歩させるポテンシャルこそ内包しているものの、

その進歩ですら、超越的な目的のもと敷かれたレールにより誘導されて辿り着いたものではないのである。

人間の心というものも、生存と繁殖のための一つの装置なのであり、

理性とは、そのような装置が行使する各種の技術のうちの一つに過ぎないのである。

(中略)

知性というものは、原子の理解を目的として作り上げられたものでもなければ、

ましてや知性自体を理解するために作り出されたものでもない。

それは、人間の遺伝子の生存を促進させるためにこそ作り上げられたものなのだといえるのである。

(P. 15 - 16)

2. 人間を探求、つまり生物学として生きて殖えることを促進させるための諸々を解読し、為すべきことのいくつかを見出したところで、果たしてそのなかからどれを選択すべきであるのか?

→人間がどの程度「人間的」でありたいのかは、人間自身が決めていかなければならない。

決めていくためには、人間の本性を自然科学の視点、社会・人文科学の視点、両方を保ちながら研究していく必要がある。

言い出しっぺの法則じゃないけど、

本章でも、著者の研究分野のなかから、人間の本性の研究の進め方を識るための、ヒントとなりそうな事例を提示している。

例. 分子生物学という分野の興り、昆虫の社会形成の研究など

当該の検閲装置及び動機付け装置のうち、

我々はいったいどれに従い、またどれを抑制あるいは昇華すべきなのか。

そういった諸装置は、人間性のまさに核心に位置する情緒的指針である。

(中略)

我々が自らの運命を自分の手で決めるということは、

自らに備わった生物学的特性を頼りとした自動操縦法をやめて、

生物学的知識にもとづいた手動操縦に切り替えねばならないということなのである。

(P. 21)

.

いくつか引用した部分だけで、もうだいぶこわい。

なるべくしてしかならないであることを知ってもなお、おのれらの役割を求めることは、

自らに備わった機能に何かを見出すことは、人間自身の節度で実行していくしかない。

そこにはひとつの言い訳の余地も残されていない。

人間の本性について (1980年)

人間の本性について (1980年)


あとがき

転職先でのお仕事が始まりました。

初日の今日はオリエンテーションのみでしたが、社内を歩いていて感じられた雰囲気に棘はなく、

穏やかに再出発を滑り出していけそうな予感がしています。

穏やかな気でいるうちに、あんまり建設的でないことについても没入していけてしまう癖を、

適度な度合いに調整していきたいものです。

そのための施策としても、読書感想文書き殴っていくのはありな気がする。


タイトル見られるとバレるんですが、時差があります。

当初週刊にする予定だったのですが、読むペースを一定にできない人間でいることをやめられなかったので、

今回くらいの量が溜まってきたら吐き出していこうと思います……。